筒香嘉智も見つめる「少年野球チーム」の大変貌

筒香嘉智も見つめる「少年野球チーム」の大変貌

東洋経済オンラインに取り上げて頂いた記事をご紹介いたします。

 

すっかり正月の恒例になった感があるが、今年も1月12日、堺ビッグボーイズに同チームのOB、スーパーバイザーで、今季からMLBタンパベイ・レイズに移籍する筒香嘉智が登場し、子供たちの指導を行った。

2019年までは大阪府堺市にある小学部のグラウンドで行われていたが、今年は大阪府河内長野市にある中学部のグラウンドで行われた。昨年までは小学部だけだったが、今年は中学部の選手も参加した。

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今年の筒香は、中学部、小学部の選手の間を回って打撃や守備を披露したり、子供たちの質問に答えたり、ずいぶん忙しかった。

小学部の子供たちに囲まれると、筒香の表情は一気に和らいだ。ふざけてグローブを子供の頭に載せるなど、子供好きな一面が現れた。

驚くのが、選手の多さだ。2面あるグラウンド一面に選手たちが散らばり、体を動かしている。とくに小学部は倍増し、100人になった。中学部と合わせて190人。これは少年野球チームとしては桁外れの大きさだ。

筒香が受け取った「お母さんからの手紙」

筒香は、子供たちと交流した後に例年どおり、記者団を前にメッセージを述べた。彼も、堺ビッグボーイズの盛況ぶりに驚いたようで、「正しい教育、正しい指導ができれば子供たちはこれだけ集まってくれる。まだまだ子供に野球をやってほしい親御さんはいると思います」と切り出した。

筒香は、4年前から堺ビッグボーイズでコメントを発信してきたが、昨年、少年野球をする子供の母親から、多くの手紙を受け取った。

「手紙には、お茶当番や休日の試合のための移動や応援など、少年野球の負担の大きさに、お母さんたちが困っていると書かれていました。野球をさせると家族の時間もとれない、せっかくの休日がつぶれてしまう、というお母さんが、たくさんいるんです。

堺ビッグボーイズは、練習時間も短いし、お茶当番もありませんから、親の負担も軽いんです。だから神戸など遠方からも、堺ビッグボーイズに通ってこられる親御さんもいる。野球をさせたいと思ったら、ここに来ざるをえない現状があるんです。

野球だけではありませんが、近くに指導者がいて子供たちが指導者を選べる、指導者の数も増えて親と相談して指導者も選べるのが理想です」と話す。

 

堺ビッグボーイズは小学部の低学年は12時まで、高学年と中学部は午後2時で練習が終わる。

「子供たちの集中力はそんなに持たないから、子供たちの負担を考えても短く集中してやるほうがいいんです。まだ日本では長く練習するチームが多いですが、指導者たちの自己満足になってしまうのはよくないと思います」

筒香は、今の少年野球は”大人に問題がある”という見方をはっきり示した。

子供たちに笑顔を見せた筒香嘉智(筆者撮影)

「昨年、神奈川県で少年野球の練習を何チームか見ましたが、指導者たちは自分がやりやすいようにするため、子供に言うことを聞かせようとしていました。

言うことを聞いてほしいから子供を怒っているようなチームが多かった印象です。しかし、本当は指導者がやりやすい環境を作るのではなく、子供たちの将来がいちばんのはずです。大人たちから変わるべきだと思います」

筒香は「球数制限」については「ゴールではない」として「ただ作ったらいいのではなくて成長の過程でルール考えないと。ルールができたからよかったという声もあるが僕はそう思っていない」と断言した。

さらに「高校野球の金属バットの見直し」については「いろんな事情があるかもしれないが、子供たちの将来の目標が守れるしケガも防げる」と評価した。

選手数が増えても手放しで喜べない事情

「昨年は小学部の選手数が倍になりました。今では100人、中学部が90人ですから人数は逆転しました。これはやっぱり筒香選手が毎年正月にここでアピールしてくれるのが大きいですね」と、堺ビッグボーイズ代表の瀬野竜之介は語る。しかし瀬野の顔色はさえない。

「うちにたくさん来てくれるのはありがたいですが、堺ビッグボーイズの近所のチームは部員数が激減して、チームの維持が難しくなっています。10年前はこの支部でも10チームあったのですが、今は3チーム。そしてさらに減りそうな見込みです」

堺ビッグボーイズだけが繁盛しても、野球は相手が必要なスポーツだから、それだけでは成り立たないのだ。

日本高野連の統計によれば、大阪府高校硬式野球部の部員数は、2010年には9029人だったが2019年は6754人。2275人も減った。減少率25.2%は、47都道府県の中でも3番目の水準だ(全国平均は14.6%)。

大阪桐蔭、履正社などの強豪校を要し「最強」の呼び声も高い大阪府だが、その足元でも急速な野球離れが進行していたのだ。

「うちの選手数が増えたのは、他のチームからうちへ移籍した子供が多いのも事実です。でもそれだけではない。やはり『野球離れ』には全然歯止めがかかっていないんですね」と、瀬野は語る。

 

親たちはなぜ堺ビッグボーイズを選んだのか?

会場には、多くの父母も見学にやってきていた。

子供たちと集合写真を撮影した筒香嘉智(筆者撮影)

小学校1年生の子供を1カ月前に入団させたという父親は、「なんといっても専用グラウンドがあるのがいいですね。

うちは堺市ですから、小学部のグラウンドは近いですし。それに、子供が嫌がらずに自分から行きたいって言うんです。筒香選手にも会えるし、大人の私もどきどきです」。

小学校5年生の子供の母親は車で1時間近くかかる高石市から通っている。

「お茶当番がないのがありがたいですね。土日が丸々つぶれるのは困ります。車で送迎するのでグラウンドには来ますが、練習が短いので、親の負担はすごく軽いです。それに指導者の方が、荒々しい声を上げることもないですから。対外試合などで、相手チームの監督やコーチがすごい声を上げて怒鳴っているのを見て、よそはこうなんだと、びっくりしてしまいました」と語る。

最近のお母さんは、SNSでつながっている。自分の子供が通うチームの指導ぶりは、SNSで瞬く間に共有されるのだ。

堺ビッグボーイズは小学部も硬式クラブだが、低学年のうちは危険なためテニスボールやソフトボール、軟球なども使っている。その指導方針も極めて柔軟だ。サブグラウンドでは、テニスボールをラケットで打って素手で捕球させるノックが行われていた。

少年野球チームの淘汰が始まった

筆者は堺ビッグボーイズだけでなく、いろいろな少年野球の現場を取材している。最近の状況から見えてくるのは「淘汰が始まった」ということだ。

四国のある地域では、昔ながらの「罵倒罵声」で指導していた指導者のチームに選手が集まらなくなり、その指導者が「人が変わったようにおとなしくなった」という話を聞いた。

また、ある少年野球団体の幹部は数年前まで「子供の野球を親が応援するのは、当たり前。休みの日は早起きして球場に来るべき」と言っていたが、その団体でも「お茶当番」は縮小する方向にある。また喫煙場所を厳格に守るように通達があったという。

さらにすべての少年野球団体は「暴力、暴言の根絶」をうたっている。「そうしないと選手が集まらない」と関係者は語る。

しかし、多くの少年野球チームは、根本的な体質はなかなか変わることができない。

 

堺ビッグボーイズの瀬野竜之介は語る。「うちの指導のやり方などを周辺のチームの指導者に話すのですが“瀬野さんところはいいよ、自前のグラウンドもあるし、筒香選手も来るし”と言われます。そういう部分だけではなくて、指導の仕方や考え方を参考にしてほしいんですけどね」

「野球離れ」は、他のスポーツとの競合の激化や、野球あそびをする環境がなくなるなど、複合的な要因によって進行している。

しかし、堺ビッグボーイズの選手数の急増は、今の時代に適合した新しい指導法をすれば、まだまだ子供世代の野球への潜在的ニーズはある、ということを物語っている。

 

少年野球指導者の新たな指標

2019年12月15日、東京都内で少年野球チームを対象とした「エニタイムフィットネスPresentsベストコーチングアワード2019」という賞の表彰式が行われた。

選考基準として以下の3点が挙げられている。

●メディカルとコンプライアンスに基づき指導を実践されている指導者
●学ぶ意識が高く情報をアップデートして指導に取り組める指導者
●長い将来の目標と怪我をさせない、未然に防ぐ知識を持って指導を実施できる指導者

「エニタイムフィットネスPresentsベストコーチングアワード2019」の授賞式の様子(写真:Sports Medical Compliance Association)

主催はこのコラムでも紹介した一般社団法人スポーツメディカルコンプライアンス協会

この協会に参画している元ロッテの野球指導者、荻野忠寛も選考に参加した。

第1回のアワードは41チームが受賞した。その中には、堺ビッグボーイズも入っていたが、地方の小さな少年野球チームも入っていた。

これまで「少年野球」は「全国大会で活躍できるか?」「甲子園球児やプロ野球選手をどれだけ輩出できるか?」が評価の基準だったが、今後は「指導者が子供のことを第一に考えているか?」「子供の未来に役立つ指導を行っているか?」が、新たな指標になる可能性がある。

「野球離れ」をめぐる状況は、新たなフェーズに入ろうとしているのだ。

 

ライター:広尾 晃

 

▼引用先URL(東洋経済オンライン、Yahoo!ニュース)

https://toyokeizai.net/articles/-/325886?page=4

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200126-00325886-toyo-soci&p=4